これ良い写真だなぁ、有り難い話で。

今日は気圧のせいだかなんだかこの雨のせいなのか頭があまり回りません、日記もね毎日書いてると『あれ?今何書いてるんだっけ?この話前してねぇかな、、』とか思いがちです。

それはさておき、昨日の日記が結構読んで頂いていて(自分の日記の規模感くらいでね)

珍しく真面目に書いてみるもんだとか思ってますけど、真面目に書く時はなんか多分自分内に必要性があるから書くんですけどね。どっちに思って貰っても有意義な事かなって思う。

さてそれは兎も角最近はうちの職場に役者の子がおって久々に舞台から戻って来たから色々話をしたり。

『最近どんなんやってんの?』

『やっぱシェイクスピアですよね、現代風にアレンジした』

『お前たちは毎回シェイクスピアやってねぇか?確かに凄いのはわかるけど新しい自分らの時代のシェイクスピアを作ろうと言う気概はないのか!!』

『でもアレっすよ?シェイクスピアってやっぱどこの時代背景でもアレンジ出来んですよ、やっぱその辺は凄いですよ。』

『、、、なるほどねぇ僕は役者じゃないから分からんけども普遍的なものは強いよね。まぁ僕は2度シェイクスピアを超えたと言われた時期があるけど。』


『マジで何言ってんすか?』

『まぁ自分神童だったから(遠い目)、、、』

そんな話をしつつ、日々日々働いておりますその子はそっと離れて行きましたどうしたんでしょう、病気かな?そんな役者の世界の話って面白いなぁとか思いつつ。ちょっとお馬鹿さんだけどそこに向けて生きてる人間の話は色々面白いけどね、個人的には。

忙しい職場なもんでそんなにベラベラ話したりは出来んのだけどとおりすがりに『1度目は17の頃、、、』『17でシェイクスピア超えてたらバケモノですよアンタ。』

『、、、2度目は32の頃かな。』

もうゆっくり笑顔でうなずいてました。

そうですね。きっと病気は僕の方。

シェイクスピアかぁ、音楽で言えばビートルズなんかな。ぼくはシェイクスピアは多分2つくらいしか読んでないし覚えても無いけど普遍的である事は一つの正義である事は分かる。

古典で言えば音楽も聖歌とか辺りなのかな、もうちょい前なら儀式だよね。神に捧げる何かしらの儀式で音出してとかあの辺り、絵画もそうか。宗教画から派生してって日本も割と似た立ち上がり。

そうゆう事を考えたりするのはわりと好き。全然自分に紐付けないけど。

なんでか分からないけども人間に興味があるのは確かでしょうね。凡庸である人生もまたドラマチックだ。

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